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第27回 大垣女子短期大学 中野哲学長インタビュー

2005/08/25

中野 哲(なかの さとし)

1935年岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業。医学博士。70年より大垣市民病院に勤務し、93年同院長就任。00年より大垣女子短期大学歯科衛生科教授、02年同学科長就任。03年同大学8代目学長に就任。名古屋大学、三重大学、岐阜薬科大学等の非常勤講師、日本中央看護専門学校校長を歴任。現在、日本中央看護専門学校及び大垣市民病院顧問を兼任。

徳育を頂点としたバランスのとれた教育を

本紙 貴学では環境を非常に重視していらっしゃいますね。

中野哲学長(以下敬称略) 本学のキャンパスには自然が多く、「みずきの郷」と呼ばれるスペースがあり、木々が茂り、天然の水が湧き、小川が流れ、四季折々の自然の息吹を感じることができます。また、廊下に学生の作品である絵や写真などが飾られていたりと、非常に良い環境です。学生には、日常の身の回りの環境改善に取り組むように指導しています。清掃も学生と職員が一緒に行っているんですよ。ここは家庭だという意識ですからね。ゴミもないし、全館禁煙のため、タバコの吸殻もありません。岐阜県の大学、短期大学では初めてISO14001を取得しています。 本紙 環境を重視するのにはどのような理由があるのでしょうか。 中野 学業や人間性には環境が大きく関わってきます。一般的に現在の学生について言われていることは、暗記することは得意だけれども、覚えたことをどのように使ったらいいのかわからないという学生が多いそうです。すなわち、物事を考える力が育っていないようなのです。これは、実際に自然の中で学んだ経験、いわゆる体験が少ないからではないかと思います。

 現在の子どもたちの成育環境は、家族に接する時間が少なく、友達同士が戸外で遊ぶことも少ない。部屋にこもってテレビを見たりテレビゲームに夢中になって過ごすことが多く、四季折々に変化する自然を体感することもなく、育っていきます。体験的に学ぶことが少なく、仮想現実のようなものに接することが多いのです。そのため、すぐに切れたり、基本的なことがわからない子どもたちが増えているのではないかと考えています。

 こういった点で、今の子どもたちは被害者なのではないかと思います。私が作った造語ですが「精神的孤児」なのではないかと。自然環境も家庭環境も食べ物もよくないことが多いのです。そのため、中庸で、働くことに価値があるという、本学の建学の精神にもとづいた教育が重要なのです。 本紙 学生には良い環境の中で教育していくことが必要なのですね。 中野 学生諸君は、18、19歳という人生の中で非常に重要な時期に本学で過ごすのですから、キャンパスの環境は重要です。人間は親からの遺伝子と環境の影響を受けて成長し、それぞれの花をこの世に咲かせています。大きな花を咲かせる、あるいは大きな木に成長するためには、環境は大切ですよね。日陰か日なたか、土地が肥沃かやせているかという違いによって、同じ木でも大きく育ち方は変わってしまいます。遺伝子そのものは基本的に変えることはできないけれども、未開の遺伝子を開花させることができると思います。例えば、日陰にあった木を日なたに移すとぐんぐん成長しますよね。いかに環境をよくするかということの方が大切なのです。

 遺伝学者が言っていることですが、人間は遺伝子の5パーセントの機能しか使っていないのですね。自分でも気がついていない多くの才能が、オフの状態で眠っていることが多いのです。自然が一杯のクリーンで明るい環境のもと、すなわち「チャーミングキャンパス」をキャッチフレーズとした本学で、すくすくと伸びていって欲しいですね。眠っている才能を開花させて、伸びていくのを助けるのが学園の役割だと思っています。現在の環境によって、学生たちのバランスが崩れている点があった時には、本学で是正し、できるだけよくしていきたい。学生たちを2年間あるいは3年間で、社会に通じるように育てていきたいのです。

「チャーミングキャンパス」で個人の才能を開花

本紙 貴学は「チャーミングキャンパス」と呼ばれていますが、どのような意味があるのでしょうか。

中野 「チャーミングキャンパス」というのは、本学のキャッチフレーズです。私はとても気に入っているのですよ。そのままだと「魅力的な学園」という訳になりますが、CHARMのアルファベットひとつひとつに意味がこめられているんです。Cは、クリーンとコミュニケーションであり、清潔で明るいキャンパスが絶好の交流の場になるという意味です。Hは、ヘルシーとハーティであり、健康的で暖かい心が育つキャンパス。Aは、アトラクティブとアクティブです。高校まではパッシブな教育を受け、生徒だったのですが、学生になってアクティブに学んでいくことが必要で、その学ぶ内容が魅力的でなければならないということです。Rは、リメディアルとレスポンシビリティであり、高校時代にわからなかったことは再教育をして、自分自身に対して、自信がもてるようになるキャンパス。Mはモラルとマナーであり、今までの家庭内でモラルとマナーが身についた時代と現在は違いますから、キャンパスで身につけなければならない。社会規範を自然に身につけることができるキャンパスであるということです。これらの頭文字をとってチャームとなります。さらに、ingをつけて継続的改善を意味します。

本紙 「チャーミングキャンパス」というキャッチフレーズは、いつ頃から使われているのですか。

中野 2年前から使いはじめました。環境を重視したキャッチフレーズをつくりたいと思い、教職員から募集したのです。ここにあげられていることは、キャッチフレーズができる以前から、重視していた項目なのですが、キャッチフレーズとして使うことによって、概念をより明確化し、教職員たちに意識させ、学生に徹底させるということが目的です。われわれ教職員は、学生を迎えて明るく楽しい学園を作ろうと思っています。 本紙 貴学は、異なる4学科によって構成されていますが、4学科のつながりはございますか。 中野 本学には、幼児教育科、音楽総合科、デザイン美術科、歯科衛生科の4学科があります。それぞれの分野はずいぶん異なっていますが、どの学科においても建学の精神にもとづいて教育しています。学生にとって、自分とは異なるコースを歩む同級生がいるということは、とても重要なことだと思います。4学科の交流を盛んにすることで、自分の学ぶ学科以外のことがプラスアルファで学ぶことができるからです。自分の専門以外の知識、考え方、情報を修得することができますよね。そのことによって、人間の幅が広くなるのです。総合短期大学として、学科を越えた幅広い教養を学ぶことができるように指導しています。

本紙 どのようにして、4学科が交流するのですか。

中野 まずは、4学科合同の総合的な授業があること。それから、文化サークル、運動クラブなどの課外活動も活発に行われています。また、本学は地域参加型短期大学として、ボランティア活動を通じて地域に積極的に参加していくことを学外に向けて宣言しています。お祭りなどの地域のイベントや事業にボランティアとして多くの学生が科をこえて一緒に参加しています。例えば、昨年行われた大垣十万石祭りには、約100名の学生が参加しました。また、「幼児教育祭」を開催して多くの親子連れを学内に招待したりもしています。地域のイベントなどに参加することで、学科を越えての交流はもちろん、学外の方々との交流も深めていきます。学内だけではなく、学外の地域の方々とじかに接触することによって、人間性やコミュニケーション能力を自然に身につけることができるようになり、その他の多くのことを学ぶことができると考えています。

本紙 良い環境の他に、教育に重要なことはどのようなことでしょうか。

中野 私は、教育というのはy=ax+bだと考えています。yは人の人間性や能力の総和だとして、aは感性、bは知性であり基礎学力であると位置付けます。何かの情報がxに入力され、yで出力されると言うわけです。このときに、bの基礎学力というのは非常に大切です。例えば、絵を見て、「素晴らしい」などと感じるためには、bが大きくないとだめなんですね。bが例えば、ゼロだとしたら、「絵があるな」だけで終わってしまいます。これは教育の原点であり、bをできるだけ大きくすることが大切なんです。基礎学力をある程度身につけてから、今度はaの感性を育てていくんです。良い環境下でこれを磨くことが大切です。この知性と感性のバランスがとれた教育が人には必要だと考えています。

 また、「なぜ」ということを教えています。「なぜ」と考えることで大脳(前頭葉)を刺激して、人に必要な思考力をつけるためです。「なぜ」ということを教えないと教育はだめなんですよね。自分で考える習慣を身につけさせることが必要です。

本紙 貴学は女子のみの短期大学ですが、女子短期大学としての特長はどのようなことでしょうか。

中野 女子短期大学である意味は何かと、われわれ教職員はいつも考えています。現在は男女の平等化が言われる時代ですが、男女では脳の構造が異なり、分泌されるホルモンにも違いがあります。そのため、女性ではないとなかなかできないこと、女性の方が得意なことがやはりあるのです。考え方や情の細やかさなどは女性特有のものです。その、女性の特性を発揮し、伸ばしていく、そういったことをするのが女子短期大学としての役割だと思います。

よい教育とは知性と感性のバランス

本紙 貴学の建学の精神について、また、教育方針についてお話しください。

中野 本学の建学の精神は、「中庸を旨とし、勤労を尊び、職業人としての総合能力を有する人間性豊かな人材の養成」です。つまり、偏ることなくつねに調和がとれているということを旨としています。勤労が2番目にあるということは重要で、知識や情報という頭でっかちな時代において、一生懸命に働くことは重要です。働くことによって、人に喜んでもらい、自分も充実感を味わうというのが日本の文化の基本です。働くことは心身を健全にするんですよ。次に、総合能力ですが、ある特定の芸に秀でていることも重要ですが、まずは、総合的な能力を育てたいと考えています。本学には音楽総合科、デザイン美術科という芸術系学科があります。美術や音楽という分野は一つのことに秀でることが重要ですが、まずは基本となる総合能力を身につけ、それから特定の分野について深めていければと思います。最後の人間性については、いまさら言うまでもなく、重要ですよね。21世紀は物質文明から、こころの時代になるといわれています。こころの時代というのは、すなわち人間性ですよね。

 教育方針としては、前述した環境重視と地域社会参画以外に学生中心の教育として徳育を頂点とする知育、体育の三本柱をめざした全人教育を実践しています。バランスのとれた教育が必要なのです。

本紙 今後の展望をお聞かせください。

中野 現在、女子短期大学を4年制にしたり、男女共学にしたりする短期大学が多く見られますが、本学は女子短期大学のまま、変わるつもりはありません。現在の非常に良い環境のなかで、女性の本質を育てていきたいからです。

 本学はマンモス大学ではなくこじんまりとした短期大学であるということも魅力の一つです。細やかで情愛があるということは、規模が大きくないからこそできることなのです。私は、教職員には学生のことは自分の子どもあるいは兄弟だと思いなさいと言っています。教職員は必ず、部活やサークルの顧問になり、そこで、4つの学科を超えて横断的に多くの学生と交流しています。先ほども言ったように、最近の学生は、心身ともに弱くなっています。弱くなっている学生たちを支えていくことが必要です。学生の悩みなどをチューターや健康相談室、保健室の先生が親身に対応しています。

現在の女子短期大学のまま変わるつもりがないというのは、教職員一致の考えです。学生の名前を覚えることができる現在の状態は非常に良いと思っています。ただ単に単位をとって卒業するのではなく、人間性を教育していくのですよ。

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