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第28回 九州産業大学 佐護譽学長インタビュー
2005/10/25
佐護 譽(さご たかし)
長崎県出身。昭和42年九州産業大学商学部卒業。昭和48年九州大学大学院経済学研究科博士課程修了。昭和61年九州産業大学経営学部教授に就任後、産業経営研究所長、経営学部長、大学院経営学研究科長等を歴任。また、平成13年からは同学園の理事を務める。専門は、経営学。最近の著書には「人的資源管理概論」「人力資源管理―台湾・日本・韓国」(中国語文)がある。
変わりゆく大学、短大 -21世紀の展望 環境の変化に対応できる人材を
少人数教育の充実に向け、新校舎建設へ
本紙 学長にご就任なさって半年がたちましたが、これからの抱負についてお聞かせください。
佐護譽学長(以下敬称略) 学生の育成に力を入れていくことを柱としていきます。ご存知の通り、私たちをとりまく情勢は激変しています。特にバブル崩壊後は大きく変化を続けています。こうした社会状況の中で、どのような学生を社会が求めているかということを一言で言うと、知性、感性、創造力があり、環境の変化に対応できる学生なのだと、われわれは考えています。
知性を育むためには、大学での学びを通して多くの知識を得ていく必要があります。感性は、知識だけでは育成できませんが、知性に裏うちされるといっそう輝きを増します。そして、一番重要なのは、創造力だと考えています。創造力の基盤をなすのは、創造的思考力です。この創造的思考力を育成するためには、基礎的な知識を身に付けて、言葉を用いて思考するという基礎訓練を行う必要があります。基本的なことですから軽視しがちですが、この基礎訓練によって、創造的思考力は生まれ、育っていきます。
具体的には少人数教育を実施し、知性、感性、創造力、環境への対応能力のある学生を育成していきます。総合大学の教育はいわゆるマスプロ的な、大人数で講義を受けるイメージがありますが、私どもは現在でも少人数教育をすでに行っており、今後は、さらに充実を図っていくことを目標に掲げています。現在、新しい校舎を建設中なのですが、これを少人数教育の象徴として位置付けたいと思っています。
本紙 新しい校舎にはどのような工夫があるのでしょうか。
佐護 少人数で受講できる小規模な教室を数多く作ります。また、学生が気軽に集まることができる空間も作ります。今までは、学生が憩うスペースがあまりなかったのです。これからは、学生たちが自由にコミュニケーションをとることができ、友人を作っていけるような空間を提供していく必要があると思っています。
本紙 これからの大学は、学生の視点をうまく取り込んでいく必要があると思いますが。
佐護 どうしたら学生のためになるのか、学生はどのようなものを欲しているのかということを主軸に据えて、私どもは考えていかなければなりません。ハード面、ソフト面、両方ともです。ハード面とは、施設や設備であり、ソフト面はカリキュラムなどといった教育の内容や学生サービスです。
大学も経営が難しい時代になってきました。企業が倒産するのと同様に、これからは大学が閉学してもおかしくないと言えます。大学も経営戦略を立てていかなければなりません。しかしながら、企業が急速に改革を進めているのとは対照的に、大学は非常に保守的で、社会の流れからワンテンポもツーテンポも遅れをとっています。大学というのは、環境変化の影響を受けることがない純粋学問の場、いわゆる象牙の塔であるいう考え方がありますが、現実の世界から遊離した学問なんてありません。学問の存在意義は社会から問題を受け取り、その解決を志向することにあります。
これからの本学の経営戦略は、簡潔に言うと、環境変化に対する対応を図ることです。学生たちをこれからの時代に対応できる人材として、育成していくためには、大学も時代に対応して変わっていく必要があります。 本紙 環境の変化という点では、経済的な面で進学が難しい学生が、現在、全国的に増えているようですが、奨学金などの対応はされているのでしょうか。 佐護 日本の平均年収は数値として示されていますが、統計的な数字は必ずしも現実を説明しているとはいえません。例えば平均年収が500万円だとしたら、学生の保護者の多くが約500万円の年収を得ていると考えられますが、実際はそうではありません。平均は平均であって、実際には、経済的に進学が難しい学生や在学中に急に学費を支払うことが難しくなる学生も少なくないのです。
本学では、このような現実を踏まえて、奨学金を数年前に倍増しました。それでも、まだまだ不十分であるとは思っていますが、大学としては最大の努力をしています。
キャリアサポートで学生のやる気を引きだす
本紙 貴学の特長の一つとして、8学部をもつ総合大学ということが挙げられると思います。8学部の横のつながりなどはあるのでしょうか。
佐護 学部間の垣根を越えた交流はすでに行っています。専門を異にする学生間の交流ももちろんありますが、他学部の科目の履修を正規の単位として認める制度も導入しており、これは大学院でも実施しています。
本学には、国際文化学部、経済学部、商学部1部・2部、経営学部、情報科学部、工学部、芸術学部があります。社会科学系、理工系、芸術系の学部があり、8学部はそれぞれに異なる特長を有しています。基礎となるのはもちろん専門ですが、専門知識を深めつつ、幅広い知識を身につけてもらいたいと願っています。 本紙 意欲のある学生も多いのですが、その一方で「最近の学生は勉強しなくなった、やる気がなくなった」と言われています。この点について、なにか工夫されていることはありますか。 佐護 「学力が低下し、やる気もない」と言われていますけれども、そもそも何らかの誘因がないと、人間は動きません。学ぶ意欲を引き起こす誘因を与えることが必要だと思います。多様な学生がいるなかで、やる気を引き出すための何かを大学が提供することは極めて難しいことですが、基本的には、二つのやり方があると考えています。
第一は、物質的なモノを与えるということです。そうは言っても、多くを与えることは不可能ですが、本学では、例えばキャリアサポート奨励金制度を導入しています。本学が定める情報系、語学系の資格に合格すると奨励金を支給するというシステムで、資格の階級や点数によって金額は異なります。1万円から10万円までの幅があり、英検を例にとると、2級は1万円ですが、1級は5万円です。英語が苦手な学生であっても、2級が取れたから、次は準1級に挑戦しようなど、やる気を起こさせるひとつの方法として、このキャリアサポート奨励金があります。昨年は258名の学生が奨励金を受け取りました。
第二は説得するということです。例えば、「フリーターになると将来どうなるのか」ということを説明し、自らのキャリアについて考える意欲を向上させます。フリーターになると現時点では良いのかもしれないが、将来苦労することが多いということを知らない学生は、意外とたくさんいるのです。物質的なモノを与えること、説得すること、どちらも至極単純なことですが、この二つが人間を動かす誘因となるものです。
また、学力不足についての対応策としては、1年次の時から、マナーを教えること、それからリメディアル教育的なこと、つまり高校で不足していたと思われる学問的な部分を補足しています。
マナー、社会常識を教えるということについてですが、最近の学生は、マナーを知らないことが多いのです。知っていて、社会常識に反する行動をとる学生も多少いますが、知らないで行動している学生が案外多いように思います。
本紙 教員、職員サイドから「そういうことは大学で教えることではない」などという反発はありませんでしたか。
佐護 一部にはあるかもしれません。もう随分前になりますが私が学生だった時に、教授に修士論文を見てくださいと持っていったら、数週間後、何も言わずに返却されました。どこが悪いのか、どうしたら良いのかは教えてもらえず、自分で考え、先輩や他の若い先生に聞いて、解決するほかなかったんです。その教授だけではなく、基本的に教員には、「ああしろ、こうしろ」と指図されることはなく、自分で考えるのが普通だという時代でした。ところが、今は多くのことについて指導をしています。この状況には、最初は私も反発を覚えましたが、今の高校生の状況を考えると、もちろん以前と比較し、優れている部分もありますが、手助けが必要な部分があることに気がつきます。例えば、先ほど言ったマナーや社会常識などが身についていないのです。ですから、教員側にも我々がしっかり教えていくぞという心構えがあります。
本紙 そうしますと、教員側の意識が重要となると思いますが、教員の採用について、なにか基準は設けているのでしょうか。
佐護 さまざまな条件を課していますが、教育熱心だということを第一としています。教員の評価は、研究実績が評価の対象になることが多いのですが、私は、研究、行政、教育、この三つを三本柱とし、等価に評価していこうと考えています。学生の面倒を熱心にみていくことも、学部などを運営していくことも、研究と同様に重要なことです。
本紙 学生の気質が以前と変わり、大学側として、果たすべき役割がそれに合わせて変わってきているのですね。就職活動に対する支援に力を注いでいる大学も増えてきていますが、貴学ではどのような支援を行っているのでしょうか。
佐護 キャリアサポートを1年次から行っています。就職活動が始まる3年次からでは遅いのです。今までは、入社後に、会社が人を育てていくという意識があったのですが、現在では職業能力の開発は、個人の自己責任であるという傾向が顕著にみられます。ですから、自分の能力を開発したいという学生を本学はサポートしていきます。具体的には、就職対策講座や、各種資格取得の講座等を設けています。
また、自分がどういう職歴を歩んでいくかということ、自分のキャリアについて考え、職を得て生きていくという意識を1、2年次の時点で持たせていきます。自分の将来に対して無関心で、例えば「フリーターでも生きていける」という意識では困るのです。キャリア開発についても、フリーターについても、さまざまな説明を聞いて、全てを理解しなくても、ただ言葉を知るだけでも違いは必ず現れます。
最大の投資は自分自身への投資
本紙 学生サービスにはさまざまな形がありますが、学生にとって一番良いサービスとは何だと思われますか。
佐護 最大の学生サービスとは、社会で生きていくために必要な力を学生が身につけられるよう、サポートすることではないでしょうか。
投資にはいろいろな形があります。最大の投資は何かと聞くと、多種多様な答えが返ってきますが、最大の投資は自分自身への投資です。自分が生きている限り、それは生きていくのですから。教育は、そういうものでなければならないと考えます。
例えば、車はいつでも買うことができるのだから、時間やお金を何の分野でも良いから自分に投資してほしいと言っています。勉強すること、資格を取得することなどもそうですが、それに限ったことではなく、スポーツでも趣味の読書でも、自分への投資になるというのが私の見解です。
私たちが主眼を置いてなすべきことは、学生たちが自分に対して投資をしていく環境を整えるということです。大学の置かれた状況によって多様ですから、ソフト面では一つの答えがあるわけではないのですが、社会の要請に応えうるカリキュラム、授業の方式、学生サービスといった基本となる部分を社会環境をかんがみながら、今後も充実させていきます。学生の育成こそが何よりも重要な大学の使命であり、課題であると思います。