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第31回 早稲田大学 白井克彦総長インタビュー

2006/04/25

白井克彦(しらい・かつひこ)工学博士。

1963年早稲田大学第一理工学部電気工学科卒業、65年同大学院理工学研究科修士課程修了、68年同博士課程修了。75年理工学部電気工学科教授、98年常任理事に就任、2002年11月より現職。主な研究分野はヒューマンインターフェース、音声言語処理、画像処理、教育用マルチメディアシステムなど。

都の西北に息づく“進取の精神”

日本を支える中核的人材の育成

本紙 来年は125周年を記念し、早稲田大学が大きく変わろうとしていますが、125という数字にこだわりがあるのでしょうか。

白井克彦総長(以下敬称略) 創設者の大隈重信は「人間は125年寿命がある」と唱えていました。そのことから、大隈講堂の高さを125尺にするなど、125にこだわっています。一般的には、50年ごとに記念行事を行うことが多いのですが、50年というのは1世代を越えてしまいます。ところが、25年おきというのは、どの校友にとっても、元気なうちに一度はまわってくるちょうどいい周期になるのです。ですから、早稲田では25の倍数である、125にこだわっているのです。 本紙 早稲田大学は、創立以来、時代のパイオニアでありつづけていますが、125年、一貫してつづいている創設者の精神は生きているのでしょうか。 白井 時代によって、表現は変わりますが、「学問の独立」、「学問の活用」、「模範国民の造就」の精神は生きています。それを基本にして、学生には人類や、社会のために、貢献していく精神を持ってもらいたいと思います。それは人間が生きていることの目的です。時代によって人々の価値観は変化しますが、大学が持っている建学の精神は、「人を育成する」という点において、根本的に変わっていません。

「第二の建学」で、早稲田はどう変わろうとしているのか

本紙 「第二の建学」として改革を推進していますが、それは、どのようなアイデンティティなのでしょうか。

白井 これからは国際的な協調や経済的な競争が問題となってくるでしょう。そのなかで、各国の異なる文化や宗教など、それぞれの国が個性を主張しあってきています。 一方で、日本としては、しっかりとしたアイデンティティを持って、世界のなかでの位置づけをしていかなければと思います。日本の経済や政治のシステム、文化などをどのように作っていけばいいのかを、真剣に考える必要がありますね。

 そのため、本学に課された大きな役割は、日本を支える中核的人材を育成することだと考えています。学生教育において、世界の中の早稲田として意識したときに、「学生たちにどういう目標を持って教育をするか」ということを考えなければいけません。日本というものを、いまの状況や、この先の状況を深く理解した上で考えていけるようなリーダーを育成したいのです。この考えは創立当初の教育に比較すると、スケールが広くなったという意味で、いわば「第二の建学」ということになるでしょう。

 また、多分野にわたり活躍している卒業生を大事にしなければいけません。そして、学生へのサービスを高めることや、新しいものも考える必要があるでしょう。「第二の建学」には、そういった意味も含まれています。 本紙 伝統ある理工学部と文学部が抜本的に改組されますが、その理由と目的は何でしょうか。 白井 最初からこれらに手をつけたというわけではなく、政経・法・商などの定員を減らし、内容を再編するなど、少しずつ変えてきています。理工学部を三つに、文学部を二つにするなど、まったく違う組織にすることは、他の学部に比べれば、大きな変化かもしれません。

 いまの社会を考えたとき、日本のエネルギー問題や製造業、そして経済というものが、世界のなかでどう位置づけられているのかを踏まえると、「科学技術」は無視できません。科学技術をうまく扱いながら、技術力を伸ばしていくことで、はじめて世界貢献もでき、日本が独自の立場を作っていくことが可能となるのです。製造業などの活性化という問題を乗り越え、環境問題も含め科学技術をどうするか、そういう意味で理工学部の役割というのは、従来の高度経済成長を担ってきた理工学部とは大きく変わってきます。

 文学部に関しては、二文は勤労学生のために、一文と同じ教育機会を提供する夜間学部として、社会的使命を果たしてきましたが、近年の勤労学生の減少という社会的変容のなか、社会の需要と学部の理念の間に、ギャップが生じてきていました。一文においても、時代の変遷に伴い、従来型の伝統的学問とは異質の創造性を養う学問を志す学生が増え、それを学部の強みとしながらも、既存の枠組みのなかで、必ずしも十分な対応が取れない状況でした。そうした経緯が改組の背景にあります。

 新たに改組される「文化構想学部」は、大きな意味を持っています。日本の伝統に基づきながら、われわれが生み出していく文化は、他の国の人に真似ができるものではありません。「日本固有の文化とは何か」を構想していく強さは日本人になければいけないでしょう。日本文化でありながら、日本ではやらない文化でも、世界に受け入れられるというものもあります。地域の多様なものを含めて、さまざまな文化間の関係を、新しい見地から考えていこうと思います。

 先ほど異文化の問題といいましたが、それを互いにどう理解し、調和できるのか、ということも重要です。日本固有の文化や、さらに新しい日本文化を、どうやったら生み出せるのか。その使命を、新たな文化構想学部は担っています。

理想は、人間味のある大学でありたい

本紙 総長は、今年の取り組み課題として、「教育の早稲田をめざしたい」とおっしゃっています。早稲田の持つ反骨の精神というイメージを踏まえ、「教育の早稲田」とはどのようなことなのでしょうか。

白井 学生は、こちら側が独断的に、「勉学に励みなさい」と押しつけても、なかなか勉強をしません。でも勉強をしたくなるような状況にした方が、勉強をするのです。つまり教育とは、自ら自発的になる状況を作らなくてはいけないと思いますね。

 自発的になるということは、満足度が高まるということにもなります。満足できるといっても、温泉に浸かったような感覚で、4年間在籍すれば卒業できる、というものではありません。ときとして、非常に厳しい状況であったとしても、満足感を得ることができます。頑張ることで満足感を感じる、そういう人を育成することが教育の早稲田だと思います。  

 もちろん個人のレベルがありますから、個々に目標を定める必要があります。自分の持ち味を理解し、将来に対して具体的に考えていく。それがまさにキャリアアップであり、自分で将来を考えるということです。そのなかで、自分の生き方が見えてくるということが、重要だと思います。

本紙 早稲田大学独自の特長というのはありますか。

白井 早稲田大学には、早稲田流の教育の味付けがあります。それは本学が持つ「反骨精神」です。そのため、やや乱暴であったり、枠からはみ出してしまう学生など、強い個性を持った学生が多少はいますが、それはそれでいいと思っています。そのなかで学生たちは自分というものを見つけ、自分を磨いていく。それは教員や講義だけではなく、学生同士の環境そのものが、学生たちを成長させているのです。

本紙 いまおっしゃられたことが、早稲田大学を表現する「早稲田に入ると、渦巻きのようななかで、学生がもまれて成長していく」ということなのですね。

白井 早稲田に来て、何に一番満足するのかと学生に聞くと、「集まる学生の人間的な魅力だ」と話します。早稲田に入ってくると、全国のさまざまなところから、いろいろな個性のある学生が入学してきます。そして、強烈なインパクトがあるものの考え方や、気力や体力を持った学生がたくさんいます。このことは、入学してきた学生たちに、非常に大きな影響を与えます。そのなかでお互い切磋琢磨し、そのことに満足感を得ている学生が多いわけです。

 昔はサークル活動などで、そういった交流がありましたが、いまは、サークル活動も昔ほどは活発でなくなりました。その代わり、少人数の教室などで、そういう交流が行われるようになってきました。それは、昔よりはるかに関係が濃くなってきています。教員を含めて、学生同士が切磋琢磨できる環境が、昔より多くなってきています。

本紙 最後に、校歌にある÷`久遠の理想÷aを求めて、早稲田大学はこれからどんな魅力ある大学になっていくとお考えですか。

白井 早稲田大学が、一流の教育研究機関で、学問的にトップでいたとします。学問は世界に普遍的であるため、大学の存在として、それは大きいことだと思います。しかしそれだけではなく、早稲田大学の理想というのは、人間味のある大学でありたいと思います。文学やスポーツなどでも、世界で評価される大学でありたいと思います。

 特定の分野に限らず、卒業生がさまざまなところで、力いっぱい活躍してもらいたい。そのことが久遠の理想かどうかはわからないですが、これからも、人間味のあるものや人を生み出し、世界的に多くの人の共感を得る、あるいは感動を与えるすごい人間を送り出しつづけられるよう、邁進していきたいと思います。

 早稲田大学は、そうあるべきだと思います。

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