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第33回 恵泉女学園大学 木村 利人学長インタビュー
2006/08/25
木村 利人(きむら りひと)
1934年生まれ。バイオエシックス研究の第一人者。早稲田大学名誉教授。早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。タイ、ベトナム、アメリカなどで教授を歴任し、国際的に活躍。2006年4月より恵泉女学園大学・学長就任。著書として、『自分のいのちは自分で決める-生病老死のバイオエシックス=生命倫理』(集英社)『バイオエシックス・ハンドブック』(法研)、『看護に生かすバイオエシックス』(学研)など多数。
世の中と妥協しない大学へ
愛と平和と自然を学ぶ教育
本紙 学長に就任して約3カ月が経過しましたが、学長の仕事はいかがですか。
木村利人学長(以下敬称略) 本学の専任の学長として仕事をさせていただいていますが、教授時代とは質の違う忙しさです。教職員や学生たちと話し合いながら、「学長として何をすべきか」ということを考え、全力を尽くしています。
この3カ月で感じたことは「この大学は非常にユニークな教育をしているな」ということです。本学の村井資長・初代学長(元早稲田大学総長)は、恵泉女学園創設者・河井道先生の精神を受け継いで、新たな大学を作る意味を三つおっしゃっていました。第一に「考える大学」、第二に「平和をめざす女性の大学」、第三に「地球大学」。これらを展開させた講義やゼミ、長期/短期フィールドスタディやワークキャンプなど、すばらしい教育を実践していると思いました。
この大学で学長として仕事ができることは、大変うれしく思っています。それは、不思議と私はこの学園とつながりがあるからです。高校時代に河井先生とお会いしていますし、実は私の家内は恵泉女学園中学校・高等学校の出身で『河井道の生涯』(岩波書店)という伝記も著しています。
本紙 創設者の河井道先生との出会いによって、学長までご縁があるとは、なかなか思いませんね。
木村 まったく思ってもいませんでした。まだ当時、本学は大学として存在していなかった頃です。
「人生に機会が与えられたら積極的に受けていきなさい。それをできないと最初から断るのは、神の前に傲慢である」という、河井先生の思い出深い言葉があります。不安な気持ちがありましたが、河井先生のスピリットを受け継いで、学長就任を決断しました。
大学という場所で新しい天と地を見る
本紙 河井先生との出会いがなければ、今日の学長としての立場が無かったと考えると、不思議な巡り会いを感じますね。 木村 私のいままでの人生は、この日のためにあったかと思うような毎日の連続です。
新約聖書ヨハネの黙示録に「私はまた新しい天と新しい地とをみた」という言葉があります。これは、人生の中で、いつも新しい天と新しい地をみるために神に召されて生かされているということです。キリスト者になったとき、河井先生に出会ったとき、インド、フィリピンで海外協力活動をしているとき、海外で研究と教育の生活を送っているとき、学長就任して現在に至るまで、新しい天と地を見続けています。
この話を入学式の式辞として話した後、驚いたことに、「新天新地」と略した言葉が、この建物の礎石にあったのです。河井先生との出会いがなければ、いまの私はありません。
就任以来、3カ月があっという間に過ぎましたが、この大学に居るべくしてここに居る、と感じるほど有益な毎日です。
本紙 毎日が、新しい天と地なのですね。大学についてうかがいますが、恵泉女学園大学の特色として、「園芸」がありますが、なぜ「園芸」が教育の柱のひとつになっているのでしょうか。
木村 私たちは、体を動かして、神様にあたえられた自然を、私たちなりに褒めたたえ、神様の美しい御業に参加するというかたちで「園芸」を取り入れました。河井先生は、日本で初の試みとして女子教育の中に園芸を取り入れました。また、「国際」という科目も授業に取り入れました。いまでこそ普通になっていますが、国際という言葉も当時は珍しかったのです。
そして、この生活園芸では、ただ草花を鑑賞するだけでなく、作物を作り、それを味わうところまでを含めた園芸です。それを恵泉女子農芸専門学校として、戦争中に開設を申請し、それが認可されたという、非常にユニークな歴史があります。
最近の教育では、土に触れたり畑を耕したりしません。ミミズのいる畑に驚いたり、堆肥を握ったりすることになれていないのです。そうした体験をすることによって、人間の感性が豊かになり、生活が変わってくるわけです。私は、戦時中の小学生の頃、集団疎開の経験がありますが、朝から農作業をして、草むしりをしました。その当時は人糞、馬糞を肥料として集め、そういう中で食べ物をつくるという意味を学んだものです。
園芸を通し、生きていることの意味を、そして人間の生命を、こうして苦労して耕し、種をまき、実ったらそれを食べることで学ぶ。そこまで含んだ園芸を通して人間形成の教育をしようということは、一般の大学では珍しいことです。
そして「園芸」、「国際平和」、「聖書」がそれぞれ独立しているのではなく、河井先生という一人の人間の中に実現されたように、それら三つがひとつになった人材を輩出したいと思います。
何が正しいのか 何が美しいのかを追求
本紙 ともすると花を中心とする園芸をイメージしがちですが、「生命」ということを含めた園芸なのですね。それを含めて、恵泉女学園大学の強みは何でしょうか。
木村 第一点は、学生一人一人の個性を伸ばす人間形成を大事にしています。大きい大学と違い、恵泉女学園大学は、人数のあまり多くない女子大です。学生と教員との距離が近い利点を持っています。アドバイザーシステムなどを取り入れながら、一人ひとりの学生にきめ細かく、温かい教育ができます。笑いが絶えない大学です。学問を通し本当に真剣に教師と学生が向き合っている証拠です。
第二点は、先生方は、単なる学問上のキャリアだけを積んでいるのではなく、日本国内、開発途上国、あるいは欧米諸国などで実体験を積まれています。そのような先生方の指導のもとで勉強ができることです。
第三点は、グローバルに世界が開かれているという点です。日本や世界の文化、言語、国際平和に関連する多くの教科目がありますし、海外研修や体験学習プログラムもあります。
第四点目が、世界の平和のために、自立した女性の育成をしています。例えば国際機関で働いたり、NGOで働いたり、世界が正しい方へと向かっていくための努力をしています。
そのほかにも、大学内がきれいなことが挙げられます。建物も、環境にマッチしているということで、賞を受賞しています。
現在は、さまざまな大学ランキングがあります。それは、教授と学生数との比率や、キャンパスの広さなどを切り口としたものですが、もし「ユニークな大学ランキング」というものがあれば、本学は1位にランクされる自信があります。
また本学は、本年度の文部科学省「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」に採択されました。111校応募の中から、最終的に17校が選定されました。そのひとつに入ったことは、本学の教育が認められたということで、非常に嬉しく思います。
本紙 おめでとうございます。その教育を実際に受ける学生の様子をご覧になっていて、どのように感じますか。
木村 どんな大学なのかを理解して入学してくる学生が多いと感じます。本学の学生は大学案内などを良く読み、オープンキャンパスなどにも参加した上で入学してくれますから、教育内容を選んでいると思います。
また、入学後も、ただ大学に行って、楽しんで、卒業していくという印象はありません。国際関係や人間関係を学びたいという目的意識の高い学生が多いと感じます。そして、積極的に友人関係を作って、自分なりのネットワークを広げていく学生が多いと感じます。
このごろの学生は、以前と比べてよく勉強しますし、勉強の仕方もよく知っています。目的意識の高い学生たちが多いですから、先生方もきめ細かく面倒をみてくれています。
本紙 最近のオープンキャンパスでは、保護者の方と一緒に来校する高校生の姿を見かけます。保護者の存在はどのようにお考えですか。
木村 とても大切な存在だと思います。ユニークなのは、恵泉女学園中学・高校でも「恵泉会」という保護者会などありますが、そこで知り合った保護者同士が、お子さんたちが卒業した後でも交流していることです。独自のネットワークから口コミで、「恵泉女学園大学は良い教育をしているから、娘を入学させたい」と、評判が広がっているようです。とてもうれしいことですね。
このようなことからも、創設者・河井先生のユニークな取り組みが認められていると思います。
河井先生は、戦後の教育刷新委員会の中で教育基本法を作った、たった一人の女性メンバーでした。その河井先生への尊敬の念をお持ちの方が多く、また最近では河井先生を知らない世代でも、その思想が生きているということがわかります。
私たちは、そうした保護者の方と緊密な関係を保ちながら、学生が豊かにのびていく手伝いをしたいと思います。学生それぞれが持っている光を輝かせるような教育をし、人生のための準備の時間として、充実した大学生活をしてもらうために、ご家族と連携を取っていきたいと思います。
また本学は、多摩市内に最初にできた大学です。生涯教育や子育て支援など、多摩の地域にさまざまなかたちで貢献していくことも、これからの展望のひとつです。現在、一般社会人向けの公開講座を開いておりまして、地元の方も多く参加されております。
本紙 魅力ある大学作りの提言をするとしたら、どのようなことをお考えですか。
木村 恵泉女学園大学が、新しい時代の、新しい教育をする大学として使命を持っていると思います。その3本柱が、「キリスト教精神」、「国際平和」、「園芸」です。これらは永遠に古びない、新しいメッセージを含んでいる教育だと思います。
いま大学は、社会問題のひとつになっています。定員割れの大学が200校を超えている報道もありました。社会的なニーズに応えない大学は、滅びていくわけです。私どもの大学も、外の嵐と無縁ではなく、まさにまっただ中にいます。また、少子化という避けられない問題があります。そうした嵐の中で「どうやって生き残っていくか」ということではなく「どうやって社会にメッセージを発信できるか」ということを考えないといけません。
毎日、新しい天と地をみていかない限り、社会的な責任に応えられない大学になってしまいます。草花も毎日成長しています。私たちは、聖書の教える愛と平和と自然を一体とした、美しい世界を作っていきたいと考えています。
いま、世界では日々争いがあり、戦争で傷ついている人たちがいます。私たちの大学は、そういった中で、何ができるのかを考えます。そういう人たちとどのようにコミュニケーションをとって関わっていくのか-。現地で実際に話を聞いたり、また、現実の世界の平和をもたらし、戦争を廃絶させるための学問を学んだりするのです。それだけの、グローバルな教育プログラムを持っています。
河井先生は、「正しい方に、美しい方に向かうことは喜びである」とおっしゃいました。本学もそれに向けて、教職員、学生ともども全力を尽くしたいと思います。
本紙 メッセージを社会に提示することが、大学における「正しい方へ、美しい方へ」とも言えるのでしょうか。
木村 私たちは、しっかりとした教育理念を持ちながら、世の中にメッセージを発信しつつ、社会に求められている特色ある人間を育成するということに邁進しているのです。
大学が、世の中と妥協してしまうと、メッセージがなくなると思います。世の中と妥協してしまえば、例えば就職率を気にして、世の中に合った人材を輩出していけばいいだけです。しかし、時には、いまの世の中に抵抗する人間も必要です。そのバランスが難しいことです。
しかし、それは河井先生がやってきたことなのです。たとえ戦時中であっても、軍部に反対し、キリスト教教育を続け、国際平和を願って敵国語といわれた「英語」の教育も続けました。
私たちも河井先生が実践されたように、「何が正しいのか」、「何が美しいのか」を追求しつつ、聖書の精神にもとづいて、歩んでいく大学でありたいと思います。