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苅谷剛彦(かりや たけひこ)

1955年東京生まれ。東京大学大学院教育学研究科¥教授。米国ノースウェスタン大学大学院で社会学博士を取得。専門は、教育社会学、比較社会学。主な著書に『階層化日本と教育危機』(有信堂、第1回大佛次郎論壇賞奨励賞受賞)、『教育改革の幻想』(ちくま新書)、『大衆教育社会のゆくえ』(中公新書)、『知的複眼思考法』(講談社)、『教育の世紀』(弘文堂)、『考え合う技術』(共著、ちくま新書)ほか多数。

第1回 教員の高齢化がもたらす教育の地殻変動

2005/04/25

 連載を始めるにあたり、これからどんなことを論じていくか、最初に簡単に予告をしておこう。

 私のみるところ、2005年は、今後の日本の教育のあり方を大きく左右する決定が行われる年となる。「ゆとり教育」の見直ししかり、義務教育費国庫負担金の存廃の議論しかり。これらの政策決定が、将来、どのような影響を及ぼすのか。この連載では、このような観点から、いくつかの問題を取り上げていく。

 その第1回目として、今後の日本の教育のゆくえを見通す上で、避けては通れない構造的変化について、今回は述べる。それは、教員の年齢構成の歪みを主因とする「教育の地殻変動」が顕著になっていくという予測である。

 小中学校の教員も、高校の教員も、年齢ごとの教員数をみると、40代半ばをピークとした大きな山が中高年層のところにある。教員の総数は標準定員数を基準に決まっているから、その分、20代、30代の数は少なくなる。とくにこの10年ほど続いた教員採用数の抑制を受け、20代の教員数は驚くほど少ない。

 このような教員の年齢構成が、今後、大量の退職者を生み、それに応じて、大量の教員不足と人件費の高騰をもたらす。いわば教員の高齢化が、財政負担増を伴いながら、教育の地殻変動をもたらす震源地となるのだ。

 先に述べた年齢構成のために、小中学校教員のおよそ半数が、今後15年間で入れ替わる。高校でも、ほぼ同様のことが起こる。その結果、現状の40人学級を維持するだけでも、大量の教員を採用し続けなければならなくなる。私たちの試算によれば、平成20年度以後10年以上にわたり、小中学校での新規教員採用数は毎年2万人を上回る。現在、教員養成課程の学生定員が1万人弱(文科省は急きょ、この定員抑制策を辞めた)だから、養成課程だけではとうていまかなえない。中学や高校教員の場合には、一般大学で教職免許を取る学生もいる。それでも、教員市場は、今後明らかに買い手市場から売り手市場へと移り、採用倍率が相当程度低下することが見込まれる。それも、少子化のために大学入試が選抜の機能をほとんど果たさなくなる時代にである。

 たんに教員の採用数が増えるだけなら、「地殻変動」などと呼ぶ必要はない。だが、教員不足が、少子化のもとでの教育費人件費の高騰と同時に、しかも、国庫負担金制度の廃止と合わせて起きたらどうなるか。

 分権化が進めば、小学校から高校までの全県費教職員の人件費は、それぞれの都道府県が負担することになる。義務教育の分だけでも、平成16年度に比べ、全国の累計で毎年3千億円から4千億円の負担増になり、それが10年以上続くというのが私たちの試算結果である。これに、高校教員の人件費増加分(退職金と定期昇給分)を上乗せするとどうなるのか。辞めていく人たちの人件費(=既得権)の負担増が、大量採用を必要とする若手の人件費を圧迫する事態が予想されるのである。新しい施策を何一つしなくても、子ども一人あたりの教育費人件費は、確実に年々上昇していくのである。

 義務教育費国庫負担金の存廃については、今秋までに結論が出る。お金の出し方が変われば、教育に関わる国の役割の変化も必至だろう。日本の教育を支えてきた、人(教員)とお金(教育財政)の両方が不足し、その供給のあり方にも大きな変化が生じるのである。それが、ボディーブローのように、今後の日本の教育に影響を及ぼす。財政難のもとでの人手不足。こうした事態が、地方分権化時代に進行すれば、地方の財政力の差が、教育の質の差に反映することも予想できる。

 人とお金の動きが、教育にどんな変化をもたらすのか。次号以降、教育の地殻変動をおさえつつ、教育改革のゆくえや大学入試への影響などについても論じていきたい。

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