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苅谷剛彦(かりや たけひこ)

1955年東京生まれ。東京大学大学院教育学研究科¥教授。米国ノースウェスタン大学大学院で社会学博士を取得。専門は、教育社会学、比較社会学。主な著書に『階層化日本と教育危機』(有信堂、第1回大佛次郎論壇賞奨励賞受賞)、『教育改革の幻想』(ちくま新書)、『大衆教育社会のゆくえ』(中公新書)、『知的複眼思考法』(講談社)、『教育の世紀』(弘文堂)、『考え合う技術』(共著、ちくま新書)ほか多数。

第2回 高校教員採用の将来と人件費の高騰

2005/06/25

 前回、今後の日本の教育について考える場合には、「教育の地殻変動」が起きることを考えておかなければいけないと書いた。子ども数の減少に留まらず、教員の高齢化と大量退職=大量採用時代の到来、さらには、それを支える教育財政の仕組みの変化と財政難という、教育を下支えしてきた土台が大きく揺らぎ出すという内容である。

 その時にも触れたが、高校教員にも高齢化の波が押し寄せる。それがどのような影響を高校教育に及ぼしうるのか。今回はもう少し詳しいデータを交えて、高校教員の人材需要と、それにかかる教育の人件費の予測について書いてみたい。

 文部科学省との共同作業を通じて、今回はじめて公立高校の教員についても将来の需要がどのように変化するか、それに応じて、各都道府県が負担すべき高校教員の人件費がどのようになっていくかについて、将来推計を行った。万一、義務教育国庫負担金制度が廃止された場合に、小学校から高校までの教育費人件費のすべてを、各都道府県が負担しなければならなくなる。そういう事態を想定してのシミュレーションである。

 はじめに、教員の新規採用数の動向を紹介すると、平成17年、18年の2年間はそれぞれおよそ1400人、3000人の新規採用者が発生するに留まる。だが、それ以後は4800人(19年)、6500人(20年)、7000人(21年)と増え続け、22年には8600人に達する。それ以後も、ほぼ6000人以上の採用が続く。平成17年から30年までの新規採用者の合計は、8万5400人、年平均およそ6100人の新規採用が見込まれる。ここでの推計はすべて40人学級を前提にしたものである。この7~8年、新規採用者数が3000人前後で低迷していた事態に比べれば、高校教員の世界においても、大量採用時代が来るのは必至である。

 現在、平均年齢44・3歳の高校教員の高齢化と退職者の大波は、小中学校のように急激には訪れない。そのかわり、じわじわと人件費を押し上げていく。私たちの推計では、平成21年度以後、平成16年(全国計=2兆3445億円)に比べ、1~3千億円増で10年間推移する。平成30年度までの増加累計額は1兆7772億円である。40人学級を維持したままでも、人件費がこれだけ高騰していくのである。しかも、その内訳を見ると、小中学校の場合に退職手当が人件費を押し上げていたのとは異なり、高校教員の場合には、高齢化に伴う定期昇給の累積である給与負担分の増加が人件費総額を増大させていく。都道府県別に見ても、この傾向に大きな違いは見られない。どの県でも、昇給による給与増が公立高校の人件費を今後長期間にわたり押し上げていくのである。

 すでに一般財源化されており、都道府県が全額負担している公立高校教員の人件費がこのように増大していくことは、将来の高校教育にどのような影響を及ぼすのだろうか。教育費の総額が大きく変わらないとすれば、人件費以外の費用を削らなければならない。それが難しいということになれば、教員数を減らしていくか、さもなければ給与等の人件費の抑制策を取らなければならなくなるだろう。義務教育費国庫負担金が廃止され、小中学校の分も都道府県がすべて負担するようになれば、この人件費増の圧力に都道府県の財政は持ちこたえることができるのか。国も地方も大きな赤字を抱える中での厳しい選択が待ちかまえている。こうした財政負担増のもとで、高校教員においても大量採用時代がまもなく訪れるのだ。

 義務教育の議論に目を奪われているうちに、高校教育についてもその人的・財政的な地殻変動がじわじわと迫りくる。教育が政策上の優先課題であると言葉でいうだけなら易しい。要は、財政的な負担増や人材不足に対応できるだけの制度を整えているかどうかである。そのための将来計画が準備されているかということだ。はたして各県の対応やいかに。

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