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溝上慎一(みぞかみ しんいち)京都大学高等教育研究開発推進センター・准教授。京都大学博士(教育学)。 1970年福岡県生まれ。1996年大阪大学大学院人間科学研究科・博士前期課程・修了。同年4月京都大学高等教育教授システム開発センター・助手を経て、2003年より現職。主な著書に、『大学生の学び・入門 大学での勉強は役に立つ!』(有斐閣)、『心理学者、大学教育への挑戦』(ナカニシヤ出版)など多数。 http://smizok.net/

第5回 知識と技能が一体となった教育を

2007/12/25

 技能の獲得にとって学生のアクティブ・ラーニングが重要だ。しかし、それでこれまでできていた座学ができなくなるようでは教育の発展がない。アクティブ・ラーニングは自分の頭と体、言葉を精一杯駆使し作業する学習形態であるから、充実感を得る程度は高い。しかし、それは多かれ少なかれ課題に関連した知識や情報をもとに学習するという性格をもっているから、一見関係のない知識を得るには向いていない学習形態である。座学とアクティブ・ラーニングは違った種類の学習スタイルであって、学生はバランスよく両スタイルを身につけなければならない。
 日本の中等教育、高等教育は、大きくまとめて、知識と技能の獲得を別々に考えて進んできたと言える。教室での講義型授業は学生にとっては知識を詰め込む座学である。そこには個人学習を発展させるような授業デザインは組み込まれていない。課題探究をする者がいたとしても、それは個人的にやっているものであって、教師の意図に沿ったものではない。講義型授業ばかりでは学生の学ぶ意欲や考える力、学問や社会への興味・関心が育たないからと、アクティブ・ラーニング型の授業が補完的に導入される。高校で言えば総合的な学習を指すし、大学で言えばフィールドワークや実習、プロジェクト型の授業を指す。
 たしかに、そうしたアクティブ・ラーニング型の授業は、学生の学ぶ意欲や考える力、興味・関心を育てていると思う。私はそれらを否定的には見ていない。しかし、知識・思考・意欲・興味関心はすべて連動している。知識を獲得する場が一方であって、他方で思考・意欲・興味関心を育てる場があるというのはおかしい。むしろ、知識を獲得する過程で思考・意欲・興味関心を育てるとなるのが理想だ。昨年あたりから高等教育で導入が検討され始めている汎用的技能(generic skills)の獲得についても、実は目新しいことではなく、古くて新しい課題を別の用語で検討し直しているだけのことである。知識と技能\\が一体になった授業・教育のシステムを考えることなしには、これまでの過ちを繰り返すだけである。本連載の2回目で出した問いに対する解答はこれである。

 アメリカやオーストラリアの大学の一般的な授業システムでは、1授業科目が週に3回行われる。2回は講義、最後の1回はセミナー(少人数にわかれての議論)である。ポイントは、セミナーが講義と連動してなされることである。授業や教科書で扱われる知識、宿題で出される資料などを理解して予習をして、そして議論にのぞむ。前知識が十\\分に問われないまま、思いつくことだけで議論したり調べ学習をしたりする日本の演習・プロジェクト型授業とは決定的に異なる。私の日本の授業に対する不満はここだ。知識と技能が連動していない。
 講義型授業を中心に進めてきた日本の現状を前提にして、これからの教育改革でポイントとなるのは、アクティブ・ラーニングと知識獲得をどう結びつけるかにある。
 以前、工学部建築学科のフィールドワークの授業で、ある温泉町を対象に建築様式、都市設計を課題学習するというのを見たことがある。学生はいろいろ見て回って課題設定をし、教員もそれを手助けし、最後には新しい町の設計図を書いて提案書として町に送る。良い授業だった。理想を言えば、そこから他の都市に比べてのその温泉町の固有性、建築様式の歴史的発展、人の暮らしと都市設計、そんな概論授業がフィールドワークと連動してなされたら−。それにはフィールドワークの授業と講義型の授業とが並行し、連動して行われる必要がある。教員の力量は求められるが、学生は絶対成長する。こんな授業システムがいま求められている。

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