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第50回 尚美学園大学 松田 義幸 学長
2010/02/01
松田 義幸(まつだ よしゆき)
東京教育大学教育学部教育学科(教育社会学専攻)昭和38年卒、日本経済新聞社企画調査部、日経広告研究所研究員、余暇開発センター主任研究員・研究主幹、筑波大学助教授、同大学院客員教授、実践女子大学教授を経て現職、主な著作に「スポーツ・ブランドナイキは私たちをどう変えたのか?」中央公論社等多数
知と美の価値創造に向けて
少子高齢化が進む現代社会において、その重要性を増す生涯学習。成熟した社会において必要とされる人材教育を目指し大学改革を行う尚美学園大学の松田義幸学長にお話を伺った。
(インタビューは2009年12月10日)
―尚美学園大学の教育理念は
本学は美を尚ぶ(尊ぶ)ことを由来とし、「智と愛」を建学の精神とし、4年制大学開学時には「勇気・創造」を指針として実践と行動力のある人間の育成を目指してきました。そして、さらなる発展のため、自ら大学のあり方を点検し、直面している問題の解決に向けて、短期・中期・長期にどう対応するか、その政策づくりに現在全学をあげて取り組んでいる最中です。
―具体的な取り組みの方法は
私学の経営で一番大切なことは建学の精神を大学経営にどう具体的に反映していくかです。
例えば、福澤諭吉先生の慶應義塾大学、大隈重信先生の早稲田大学をはじめとして、創立者の建学の精神を一番大切な柱にすえています。
企業が自らを表現するためにCI(コーポレートアイデンティティ)を導入してきましたが、同様に大学ではUI(ユニバーシティアイデンティティ)を取り入れてその存在を世に知らしめることを試みてきました。
UIは三つの次元でとらえることができます。①最初に、マインドアイデンティティである教育理念の共有化を図り、ステークホルダーである大学関係者、職員、教員、学生たちは、それが単なるお題目にならないように②ビヘイビラルアイデンティティとして行動や実践で示さなければ意味がありません。しかし、それを一人一人実践で示すとしても、日常生活での人間関係には限界がありますので、目に見える物が必要です。そして社会に向けて存在感を広く示すには③ビジュアルアイデンティティが必要です。それがロゴタイプやマーク等になります。
建学の精神を生かすUIからUDへの展開
―本当の改革には何が必要か
マークやロゴタイプを新しくして、ビジュアルアイデンティティをつくりあげたからといってUIを保証するものではありません。そこにFD(ファカルティディベロップメント)とSD(スタッフディベロップメント)の研修を進め、UD(ユニバーシティディベロップメント)を図る必要があります。企業と同じように大学も職員と教員の資質向上が結局は価値創造に結びつくのです。
私は、学長就任2年目を迎え、いかにして存在感のある大学とするかを考え、UDを推進するための全学研究、学部、学科それぞれのプロジェクトに着手したいと考えています。
―目指す教育と社会のつながりは
本学は開学10年目の新しい大学ですが、学園としては84年の歴史を有します。
音楽教育を母体としてきた本学にとって、美を尊ぶことは尚美学園の中核に位置する一番大切な理念、イデアだと思っています。
脳科学の第一人者である日立製作所の小泉英明博士は「日本の社会は知育偏重で、新皮質にいっぱい詰め込んだ図書館のような状態になっているが、その知識を使う意欲を培うには芸術教育、中でも音楽教育がとても大切である」と話されています。音楽芸術教育こそが「知と美」のバランスを取るものであるということなのです。
―具体的なイメージは
例えば、知と美のバランスの取れた価値創造のイメージですが、電子楽器の総合ブランドであるローランドの梯郁太郎先生の表現をお借りすれば「アートウェア」という言葉がふさわしいと思います。同社の電子・電気楽器はハードウェア、ソ\フトウェアで構成されている製品ですが、音楽を楽しむことによって利用者が心の豊かさを得られるアートウェアとして、空洞化する日本の産業構\造のなかで全く新しいマーケットを開発しつつあります。それが知と美のバランスのある価値創造といえるのではないかと思います。いままではレコード会社、プロダクションが中心だった音楽産業も、情報技術の革新でいまや、産業構造が大きく変化しています。例えば、ローランドが、電子・電気楽器を通しての音楽芸術の振興に力を入れていくと、そこにはマルチメディアとして映像も総合化して組み込まれ、ナレーションも合体してホームスタジオを構\成し、そこからアーティストたちも生まれてくる。近未来はそんな時代となることでしょう。
高度成長期から今まで物をどう生産し、どう販売するかのみを考えて行動し、結果として物が余って売れない時代となってしまいました。
これから大切なことは習慣化したライフスタイルを作ることです。
芸術やスポーツが大きな産業に結びつく時代です。ハードウェア、ソフトウェアだけでなく、アートウェアが優れていれば日本はまだまだ製造業に活路はありますし、本学の学びを生かせる市場が生まれてきます。
生涯学習を支える人材を育成
―知と美の価値創造に対してどのような人材を育成していくのか
現代において、生涯自由時間を考えた場合、仕事を引退してからの時間がとても長いことがご理解いただけると思います。
この自由時間をいかに、充実させるかはこれから迎える高齢社会の課題でもあります。そしてその分野をサポートする環境づくり、人材育成が重要視されてきています。
生涯学習、学習産業は成長産業なのです。
JTBの田川博己社長は、「これからはインターネットで宿、交通を予約できる時代、新しいビジネスチャンスとして、生涯学習と教育の分野に進出していく」と話されています。
具体的に旅行にどんな付加価値が見いだせるでしょうか。例えば、世界遺産の旅を計画している人の行動です。
旅の途中で撮影した映像でコンテンツをつくろうと思いを馳せ、出かけていきます。さて旅行後に、その方が技術指導を求めた場合を想像してみてください。どのように撮影し編集するのか、それにナレーションや音楽をどのように挿入するのか、タイトルやコピーは上手くできるのだろうかなど、さまざまな疑問が出てきます。それはただ撮影するのではなく、自分の学習過程のプロセスとして作品に仕上げ、そして人に見せて楽しんでもらいたいという熱意があるからです。そのような場面でサポートができる人材育成こそ本学の目指すものです。
―生涯学習と貴学の学びはどう関連する
本学の学びの大きな特色である音楽・芸術とスポーツは非常に似た構造をしています。青春のひととき、好きでたまらないことに打ち込みたい、どこまでのレベルに到達するか分からないが、できるだけ挑戦をしていきたい、そんな希望を持つ学生が学んでいます。
そして、将来は好きで始めたことをライフスタイルにし、人と分かち合いたい、そう考える学生たちには、社会で生活をしていくための職業技術を身に付けさせなくてはなりません。そこが本学の職業教育・キャリア教育の大切なところです。
本学は好きなことに打ち込み、教養と専門の学力が身に付き、就職に心配の無い大学を目指しています。
そのためには今以上に、UDの実践に取り組んでいかなければなりません。
今まで工業社会を支えた物理学・化学に加えて、21世紀は生物学・生命科学が支えるエコロジーの時代といわれています。つまり、環境を重視した生き方を支えるための学問が必要とされてきています。
私たちは物の豊かさの追求、資源の多消費社会からの脱却を試み、心の豊かさを得るための手法を考えていかなければなりません。
本学が学びの分野として持っている音楽、映画、演劇、コンピュータ、アートそしてスポーツは生涯学習のニーズに対応しており、卒業生が指導者や政策立案者として活躍できるフィールドは今後も広がっていきます。
―生涯学習の発展や新たなライフスタイルの誕生は産業としての可能\性があるということか
本学の目指す、知と美の価値創造を現実の社会に関連づけていくと、そこにライフスタイルの習慣化の機会を見いだすことができます。
新たなライフスタイルは必ずソフトウェアとハードウェアを必要とします。そうした耐久財、消費財が高度であればあるほど、日本の製造業を活性化する市場が生まれます。
―そうした社会構\造の変化に対応する貴学の今後の課題は
全学が有機的に結びつき生涯学習を支える日本のモデルになることを考えています。
そのためには、音楽・芸術とマルチメディアをカバーする芸術情報学部と、地域社会と政策、そして演劇・スポーツを学ぶ総合政策学部の垣根を低くし、学生、教員間、授業科目の交流をどう図っていくかも改革の大きな課題です。
それぞれの学びを補完し合い、高齢社会を豊かにしていく人材育成をキャンパスを社会に広げた体験・実践的教育のなかで行っていきます。
―具体的な事例は
例えば、手塚治虫氏の代表アニメの一つである「ジャングル大帝」は本学の冨田勲教授の作曲による音楽も高い評価を得ていますが、本学が実践的教育研究の一環として取り組み、その音楽を2009年度改訂版としてリニューアルし、5・1サラウンドの新たな「交響詩ジャングル大帝」として、半世紀近くの時を超えて蘇らせました。
この作業は本学とコロムビアミュージックエンタテインメントとの産学協同で実現させたものです。映画の3D時代と補完し合うものです。
このような教育環境のもとで本学は知と美の価値創造を行い、建学の精神を生かした、人材育成と社会貢献を未来に向けて行っていきます。