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第2回 学修時間は真の焦点か

2012/10/15

大学改革の行方

第2回 学修時間は真の焦点か

                                 本田 由紀

 

 本連載の第1回以降も、大学改革の波がいっそうのうねりをもって押し寄せていることは、およそすべての大学関係者がひしひしと感じていることだろう。本連載の第2回となる今回は、直近の動きとして、8月9日に開催された中央教育審議会大学分科会において提出された答申案「未来を創出する大学教育に向けて」を取り上げたい。
 本答申案は、3月26日公表の大学教育部会「審議まとめ」に引き続き、大学生の学修時間の増加・確保を強調する内容になっている。すなわち、「学生の主体的な学修を促す質の高い学士課程教育」への転換のためには「まず今後の好循環のための始点」を定める必要があり、「始点」として着目されたのが学修時間である。その理由は、①大学制度において1単位は45時間の学修を必要とすることが定められているが、日本の大学生の学修時間がそれよりも大幅に少ないこと、②学修時間は大学ごとの教育の自律性や多様性を確保しつつ制度的な共通性を維持する基本条件であること、③学修時間は国際的な信頼の指標として不可欠であること、である。そして、学修時間の増加・確保のためには、教育課程の体系化と組織化、授業計画の充実、全学的な教学マネジメントの確立が求められ、さらにその実現に向けての課題として、教育プログラムという概念の定着、学修支援環境の整備、初等中等教育および企業や地域社会等との接続が指摘されている。
 このような答申案での議論に対しては、次のようないくつかの疑問が浮かぶ。 
 第一に、日本の大学生の学修時間の少なさの根拠として、ある調査で学期中の一日当たりの総学修時間は4・6時間と、大学設置基準が想定する8時間を大きく下回っていることが指摘され、「これは例えばアメリカの大学生と比較してもきわめて少ないと言わざるを得ない」と述べられている。しかし、英国高等教育政策研究所による『英国大学生のアカデミック経験2012 報告書』によれば、イギリスの大学生の週当たり総学修時間は27・2時間であり、6日で割ると日本とほぼ同じである。日本の大学生の学修時間が世界的に見てどのような水準にあるかは、より詳細な国際比較に基づいて検討する必要があると言えるだろう。 
 また第二の疑問は、答申案で掲げられている諸方策が、学修時間の内実や授業との密
接な関連を保証しうるのかということである。答申案では、授業内容と授業外での学修時間との関係について、「事前の準備」や「事後の展開」などといった表現を用いてわずかに述べられているだけで、学修時間を単に増加させてもそれが「主体的な」学修を結果するかどうかは不明である。
 第三に、実証的な研究(谷村英洋「大学生の学習時間と学習成果」『大学経営政策研究』第1号)によれば、確かに授業と関連する学修時間は学習成果を向上させるが、それよりもずっと大きい効果を持つのは、授業自体が興味のわくものであるか、理解しやすい工夫がなされているかなどの要因である。ここからも、なぜ「好循環のための始点」として、授業本体の改善を迂回するような学修時間が取り上げられたのか、納得し難い。
 第1回でふれた秋入学と同様、学修時間の改革も、大学教育の表層をかき回し、混乱や圧迫を増すだけに終わるのではないかという危惧が拭えない。


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