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第87号 YKK株式会社 吉田忠裕氏

2012/10/15

 今号の企業人対談は、世界的なファスナーのリーディ
ングカンパニーとして圧倒的な存在感を放つYKK株式
会社(本社東京・千代田区)と、そのグループ企業で建材
を専門とするYKK AP株式会社(本社東京・千代田区)
の両社で会長を務める𠮷田忠裕氏にご登場いただいた。
 「新人もベテランも、社員には分け隔てなく気さくに
話しかけ信頼も厚い」と評判の𠮷田会長。女子栄養大
学常任理事・染谷忠彦氏がホストとなり、現代の若者
に対して同会長が寄せる期待などを聞いた。



世界を舞台に力をつける。それが人材育成の基本

染谷 国際化、グローバル化といわれる昨今ですが、すでに世界有数の企業として先駆的にご活躍されているYKK株式会社としてはそのような風潮をどのようにお考えでしょうか。

吉田 弊社の創立は1934年ですが、本社を現在の神田に移転した63年前後から世界市場を強く意識した経営に軸足を置いてきましたので、グローバル化が声高に叫ばれている近年の状況については特に意識していません。YKKでは、売上の約85%が海外マーケットのものですから、私たちにとって世界規模で仕事をすることはもう当然なのです。

染谷 そうすると、入社を希望する人たちの海外志向には、自ずから強いものがあるのでしょうか?

吉田 一概には言えませんが、海外勤務がNG という学生は当社ではもともと採用していません。若いうちからどんどん海外に出て仕事をしてもらいたい―。それがYKKの方針です。
25年以上も海外で力を発揮している社員もいるほどです。外国の方々とふれ合う中で、日本人として、またYKK社員として、みな奮闘してくれています。
 日本から来たということだけでもいろいろな質問を受けますからプレッシャーも感じるでしょう。しかし、異国の地でさまざまな体験や苦労をすることで見違えるほど大きく成長して帰ってきてくれるのも事実です。ある意味それが当社の人材教育の根幹と言っても過言ではありません。

一つのことを深掘りしてその領域の職人を目指せ
染谷 𠮷田会長はどの世代の社員とも分け隔てなく接してとても人気があるとうかがっておりますが、特に若い人たちに対しての思いなどがありましたらお聞かせください。

吉田 若いうちに仕事を極めて欲しいと思っています。当社は製造メーカーですから、技術がとても大切です。そのため世代は問わず、社員には「職人になれ」と伝えています。どんな小さなことにでも挑戦して深いところまで突き詰めるという気概。上司や先輩の仕事を見ながら、自分の領域でとことん追求してエキスパートになって欲しいのです。もちろん一朝一夕でできるものではありませんが、だからと言って何十年も勤めれば誰にでもできるというわけ
でもありません。例えば、青年技能者の技能レベルを競う「技能五輪」は日本では23歳が上限ですが、その年齢までに世界で戦える技術を身につけるには、非常に高い精神力は当然のことながら持久力や集中力も必要です。また、制限時間が設けられているために、効率と精度のバランスなど、マネジメント能力も不可欠でしょう。そのような若者に、50歳の人が挑んで勝てるかというと簡単にはいかないはずです。もちろん、年功も大事ですが、勢いのある時代も貴重なので、若いうちに何かを極めてもらいたい。そういう人材が集まることで会社全体のレベルが底上げされるのではないかと期待しています。
 
染谷 採用に当たって、そういった素質の有無を見極めるポイントはどこにありますか?

吉田 勉強やスポーツなど、ジャンルはまったく問いませんが、これだけはやってきた、頑張ったという何かを持っている人には文句なく魅力を感じます。ですから、学生時代に情熱を傾けてきたことを必ず聞くようにしています。苦労したことや壁を乗り越えた経験が、社会に出てから必ず生きてくると考えているからです。
 日本も少し前までは、〝大学進学自体が目標〞という社会的な風潮があったように思いますが、そういった学歴云々は、私はこれからほとんど意味がなくなるのではないかと考えています。先ほど申し上げたように社会に出るのは早ければ早いほどいいというのが私の持論なのです。多様な進路はもちろん否定されるべきではありませんが、大学を卒業したということは、4年間という貴重な時間を消費したというのと同義なわけです。その人にとって価値あるトレーニング、もしくは成長の糧になっていればいいのですが、そうでなければ意味がありません。

世界のモデルとなり得る新しい働き方を提案したい

染谷 今年から新たな取り組みを開始されたのだとか。

吉田 これまでにも何度か実践したことはあるのですが、「働き方〝変革への挑戦〞プ
ロジェクト」を開始しました。これは、毎日漠然と仕事をするのではなく、楽しみながら仕事に挑戦していくために働き方を変えていこうという取り組みです。個人のスタイルに合わせて働いてもらい、それでいて正当な評価をしていく。年功序列はもちろん、年齢や性別、学歴や国籍などの日本的な硬直した考え方にとらわれずにやっていこうというのが大前提です。 
そして、国際社会でビジネスを展開する企業として、日本からそのワークスタイルを発信して、海外企業にとってのロールモデルとなるような存在感を発揮していきたいと考えています。

染谷 なるほど。世界規模の企業家ならではのスケール感に満ちたイメージですね。それでは最後に、若者を育成する立場にある方々にメッセージをお願いします。

吉田 若い人が内向きになったなどと言われますが、それが事実だとすれば、そのように育ててしまった責任を、まずは私たち大人や社会が厳しく問われるべきです。
ただし、その現実を嘆くばかりではなく、若者が目標を持って何かに真剣に取り組める環境や機会をいかに与えていくかを考えなければなりません。そして、途中で道を見失うことがないよう、周囲の大人が折りにふれ助言を惜しまない姿勢が求められてくるのではないかと思います。



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