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第92号 伊藤忠商事 小林文彦氏

2013/02/14

 日本を代表する総合商社として世界規模で事業を展開する伊藤忠商事株式会社(本社東京・港区)。同社の人事・総務部長として辣腕を振るう小林文彦氏に今回はご登場いただく。今日までの印象深いエピソードや若者に対する投げかけ、そして熱い思いをホスト役である女子栄養大学常任理事の染谷忠彦氏が聞いた。




■海外経験が縁で入社へ
染谷 貴社の概要について教えてください。
小林 いささか生意気なようですが、弊社は以前、世界の中の貿易立国である日本を背負って立つ存在の一つであったと思いますし、現在でもその存在感は揺らいでいないと自負しています。現在のビジネスモデルとしては、貿易と言うよりは世界中の事業に投資をしてそこから事業収益を上げている会社といったほうがより近いかもしれません。
 当社では海外からの収益が大部分を占めており、世界中ほぼすべての国々で事業に携わってきた歴史があります。
染谷 小林様が入社を決めた理由は何でしたか?
小林 学生時代から海外志向が強かった私は、当時から海外旅行の添乗員のアルバイトをしていました。その流れの中で4年次に行ったモンゴルでの体験に、入社を決める上で大きな影響を受けました。
染谷 とても興味深そうなお話です。お聞かせください。
小林 もう35年も前のことですから、モンゴルに行くこと自体が本当に大変な時代でした。客船に列車、飛行機などを乗り継いで、ゴビ砂漠で夜空の星を仰ぎ見るというツアーに20人ほどの参加者を連れて行った時のことです。
 ウランバートルに入ってゴビ砂漠へ向かい、飛行機で砂漠の中に降りて、ゲルというテントを張って宿泊するというプランで、地平線から地平線まで空が星で埋め尽くされる信じられない光景を目の当たりにすることができた素晴らしい経験でした。
 そのあと帰国のためウランバートルまで戻り、国営旅行会社の事務所で宿泊代や旅費などの諸費用を払う段取りになっていました。ところが、その事務所ではモンゴル語でしか話が伝わらない。身振り手振りで悪戦苦闘しているとやっと通訳の方が来たのですが、この方も英語が話せませんでした。ここで多額のお客様のお金を払ってしまっていいのか、支払い後に詐欺でしたでは話になりません。言葉が分からない上に帰国の出発時間は迫っている。汗は止まらないし、ウランバートルの小さな事務所で私はいよいよ追い詰められました。
 そこでふと壁を見ると、壁に着物を着た女性のカレンダーがかけてあり、その下の部分に「伊藤忠商事」という文字が見えたのです。こんな場所で日本語を目にし、日本人が来ていたのかと思い、商社ってすごい…と、いろいろな思いが交錯し何か勇気をもらった気がし、「よし、お金を払おう」と決意できたのです。
染谷 なかなかハードなご体験だったようですね。
小林 実は別の商社にすでに内定していましたが、そのようなわけでどうしても伊藤忠商事が気になり、帰国後直接訪ねて行きました。採用はほとんど終わっていた時期でしたが、モンゴルでの稀有な体験が気になって訪ねてきたことを伝えると、面白いじゃないかということになって内定をいただいたのです。
 最初の配属は希望と違って木材部。そこの課長になぜ入社したのかと聞かれて、また同じ顛末を話すと、驚いたことに「そのカレンダーを持って行ったのは私だよ」と。その課長は以前モスクワ事務所長をしていて、当時モンゴルで初のプラント工場を稼働させる時にそのカレンダーを持参したことを話してくれました。奇遇と言うか、私はそれを聞いてますます伊藤忠商事に縁を感じたのです。
染谷 珍しいことがあるものですね。確かに縁やきっかけには影響を受けやすい。学校選びも同様だと思います。


■信頼を得られる人になろう
染谷 現在の若者をどのように評価なさっていますか?
小林 特にコミュニケーション力が弱いような印象があります。まるで記号の世界の中で生きていて、すべてメールやスマートフォンがあればいいという思考。言い切りで終わろうと思えば終わることができるワンウェイのコミュニケーションばかりで、それを真のコミュニケーションだと履き違えている節があるように見えます。言い切りになる言葉は相手を容易に傷つけます。その影響は甚大で、しかもその痛みに気づかない。
 これは企業に入社してからも同様で、メール全盛になりお客さまとのやりとりが周囲から見えなくなってしまいかねない。こういうことに慣れてしまうと人間の心情に着目する人が育たなくなってくる。うまくやろう、隠してやろうということになるのではないかと危惧しています。
染谷 そういった印象は確かに拭えません。 
小林 あらゆるビジネスに共通するのは、それがどれだけ地位の高い人政府の高官であろうと、町の駄菓子屋のおばさんであろうと、必ず最後には人と人が対峙する場面になるということです。
 そこで最も大切なのは「信頼」でしょう。信頼がなければいくら安くても人はモノを買わない。信頼関係を作る人、信頼される人が企業にとっては必要なのです。
染谷 なるほど。それでは、若い人たちが信頼を培っていく過程で伴走する教育者側には何を求めますか?
小林 若い人たちの良き観察者となり、プラスになるストロークを与えて欲しいと思います。単純なことです。例えば誰もが敬遠する仕事に黙々と取り組んでいる若者に「大変だね」とか「よく頑張っているね」と労ってあげて欲しい。そうするとその人はとても嬉しいでしょうし、もっと頑張ろうという気持ちになる。なぜ嬉しいかというと信頼されたからです。信頼されたことによりさらに信頼されたいという感情で誰から言われてなくても頑張れるようになると思うのです。
染谷 採用現場で実際に多くの若者をご覧になっています。どのようなところに評価軸を置いていますか?
小林 基礎学力はもちろん大切ですが、私たちが面接で見極めようとしているのは、学生の人間性です。サークルや部活動のキャプテンを務めたなど輝かしいエピソードがなくてもまったく構いません。勉強に一生懸命打ち込んできたというのもとても立派なのに、もっとカッコのいいことを言おうとして、そのようにいう学生はほとんど見られません。要は先ほども申し上げた通り、周囲から信頼されてきた人、そしてそのことをきちんと伝えられる人には魅力を感じますね。
染谷 最後にメッセージをお願いします。
小林 企業は、これまでの厳しい経営管理型から、現在では現場目線を最重視するように変わってきていますし、それは我々も同様です。教育現場にもこうした感覚が欲しい。社会はとても早いスピードで進化しています。その現実を見据えた上で教育を施すことで、学生も必死になるのではないかと思います。
 また、若い人には座学だけではなく、例えばボランティアに参加して世の中の〝いま〞を感じ取っていただきたい。そこにはその時々の世相が凝縮されています。コミュニケーション能力も養え、視野も広がるでしょう。何より社会を構成する一員としての意識を醸成できるはずです。どうか頑張ってください。

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