【創刊号】
1999/12/25
西暦2000年、取り沙汰されたコンピュータ問題も大事に至らず新年を迎えたが、世はまさしく「世紀末」。1999年は、「世も末」と首をひねりたくなるようなできごとが相次いだ。
「お受験殺人」といわれた「春菜ちゃん事件」。その事件自体の異様さもさることながら、その動機に「同情する」「自分でもわからない」という声が広がったことをどう捉えたらいいのか。
今の世の中「頼れるものは自分だけ…」という思いがあったとしても、受け入れられないものは排除するというのでは、あまりに身勝手すぎる。これからは「自立」の時代といわれるが、それはあくまで社会に生きるものとしての「自律」があってこそだろう。一人ひとりの「人権」は尊いものであり、不可侵のものであるべきことはいうまでもないが、それは決して独り善がりのものではないはず。
「個性化」「多様化」という言葉がさまざまなところで取り上げられ、時代のキーワードになっている観がある。しかし、その言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。確かなものを持ち得ないがゆえの「個性化」「多様化」であったとするなら、あまりにも覚束ない。
今、「教育改革」が進められ、高等教育機関としても現在の社会状況に対応することが求められている。本紙インタビューの中で千葉商科大学の加藤学長が語っておられるが、「理念」なき対応、改革では意味がない。新しい世界を迎えようとしている今、真の「大学改革」に期待したい。