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【第9号】

2001/06/25

遠山敦子文科相が、経済財政諮問会議で、「大学(国立大学)の構造改革の方針」について説明した。具体的な内容、実施時期等についてはこれからというところだが、そこで提示したプランは「大学を起点とする日本経済活性化のための構造改革プラン」であり、サブタイトルには「大学が変わる、日本を変える」とある。低迷する日本経済の活性化に、高等教育機関の変革を求めたものである。確かに国を支えるのは教育であり、国を動かすのは経済である。しかし、経済を活性化させるためだけに教育があるわけではない。

国が国立大学の見直しを進める中で、『国立大学の民営化』といった言葉も飛び出す一方、日本私立大学連盟では、学校事務の外注化を進め、定員割れへの対応を協議する等、高等教育機関を取り巻く状況が、大きく揺れ動いている。それぞれが、それぞれの立場で対応しようとしていることは間違いないが、それはやはり、単に運営面からの対応ではなく、教育の在り方を根本に据えてのものであって欲しい。

そうであれば、否応なく各大学、短大は、その拠ってたつところを確認せざるを得ない。その根幹に関わるところである大学教育の内容をである。そして、これからどういう大学を目指すのか、その将来像を明確に提示しなければならない。

社会情勢・動向、ニーズといった考慮すべき外的な要因は多々あるが、それらを勘案しつつ、各大学、短大の独自性を出すことが求められている。間もなく『全入時代』を迎えるといわれる現在、なぜこの大学、短大があるのか、なければならないのかといった視点で見られ始めているともいえる。

今、『フリーター志向』が広がる中で、大学、短大への進学を希望する高校生の多くは、「自分のやりたいことができるかどうか」を進学先決定の際の重要なポイントとして位置づけ始めている。大学、短大はこのことを理解し、真剣に対応すべきだろう。

最近の『AO入試』導入の増加の傾向は、実際にはまだその実施方法・内容等、いろいろな問題を孕んでいるとはいえ、各大学、短大の前向きな姿として評価できる。定員は少ないといても、そこで打ち出そうとする「アドミッションポリシー」こそは、まさしくその大学、短大の存亡を賭けた将来像であり、疎かにはできないはずのものであるからだ。

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