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【第23号】

2003/10/25

生き残りを賭けた「正念場」。衆院選を目前に控えた小泉政権、大リストラを表明したソニー、トラブル続きのJRと、これまで安泰を誇っていた事・象が今、正にその時を迎えている。

未だ「学力低下」で揺れ続ける教育の世界でも、中教審が、十年ごとに行われてきた「学習指導要領」の見直しを実質二年で行うなど、これからの教育のあり方を見定める「正念場」を迎えている。それぞれの教育機関にとっても事は同様であり、存続を賭けた見直し、改革が求められている。

そうした中で、文部科学省はこのほど教育版COEともいわれる「特色ある大学教育支援プログラム」で八十の大学・短大を選定した。大学・短大の個性化を進めることを目的としたものといえるが、これは大学の担う役割である「研究」と「教育」の重要性を再確認するためのものである。また、大学の高等教育機関としての質的な変革を求めるものともいえるだろう。

二人に一人の高校生が進学する現在、高等教育機関である大学、短大は、特別な存在ではなくなった。

高校生たちは、いま、生きる力を育むため、「総合的な学習」の授業を受けている。『生きる力』にはいろいろな要素があるが、もっとも基本的で重要なものが、『社会で生き抜く力』、ということである。

法科大学院のスタートなど、大学院進学への環境は整いつつあるが、現状としては、学生は学部教育を最終段階として社会に巣立っていく。そのような認識に立つとき、おのずと大学の役割がみえてくる。

これまで研究重視できた『大学』であったが、大学のもつもうひとつの大きな役割、それは、社会に出るための出口としての『キャリア教育』である。大学は社会に巣立つ若者に、『仕上げ』の教育をほどこす責任がある。

今回の「プログラム」採択では、社会における実践力を重視した教育を行う複数の大学が評価された。大多数の若者を底支えする教育が採択されたのである。

大学の「正念場」。それは、大多数のふつうの高校生にいかに、どのように個々の『仕上げ』の教育力を伝えるか、ということである。

歌舞伎・浄瑠璃の世界で「正念場」は、最大の見せ場を意味するが、日本の教育にとって、この一連の動きが文字通りの「正念場」となることを願わずにはいられない。

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